祖先の祭り
家庭のまつりには、神棚のまつりのほかに、忘れてはならない大切なまつりがあります。それが祖先のまつりです。
人は、身内の方を亡くしても、その人をいつも身近に感じていたいと思うものです。それが日本人のごく自然な感情といえるでしょう。
「亡くなった方の御霊は、この世にとどまって、いつでも子孫を見守ってくれている」という、日本の伝統的な考え方は、今も生き続けています。亡くなった人をまつるということは、まさに生きているときと同じように接することなのでしょう。

御霊を鎮め、神の領域へと導く
神葬祭(しんそうさい)
神道式による葬儀のことを神葬祭といい、日本固有の儀式であり、厳かでわかりやすく、しかも質素です。故人を偲び、経歴、功績、人柄を称え、御霊の平安を祈る祭詞(祝詞にあたるもの)を奏上いたし、清めて永く家の守り神としておまつりします。
神葬祭には、仏式の戒名にあたるものがありません。故人につける霊号は、もともとは、その徳をたたえる称名としての意味もありましたが、今日では生前の身分に関係なく、名前の下に「命」みこと、男は「大人」うし「彦」ひこ、女は「刀自」とじ「姫」ひめ等をつけることが一般的です。
神葬祭のながれ
神葬祭はいくつものおまつりから構成されています。
帰幽奉告
神葬祭は、氏神さまに故人が亡くなった旨を奉告することから始まります。家庭では神棚と祖霊に奉告し、神棚の全面に白い紙(半紙)を貼ります。これは、葬儀の間、遺族が故人のおまつりに専念するためです。
また、故人のために特別に祈願をした神社があれば遥拝するなどして、その祈願を解きます。

遷霊祭・通夜祭
故人の御霊を霊璽と呼ぶ白木の「みしるし」に遷し留めるおまつりです。家族や生前親しかった者が集まり、夜通し故人を偲びます。本来、通夜は故人の蘇りを祈るものでした。通常私たちが食している物(常饌)や生前の好物をお供えするのも、こうした意味からです。
古くは、霊と肉体が分離した状態が死であり、もし霊が遺体に戻れば故人は生き返ると考えられていました。かつて、酒宴などを設ける地方があったのも、故人とともに食事をとることで、霊を遺体に引き戻そうとしたからです。
葬場祭(告別式)
故人に最後の別れをするおまつりです。故人のために装飾された祭壇にお供え物を上げ、斎主による祭詞の奏上としのび歌が捧げられます。
祭詞には、故人の経歴、功績、人柄をたたえ、今後は祖霊となって遺族を見守ってくださるようにとの祈りが込められます。また、しのび歌には故人を追慕し、御霊を慰め、会葬者の心を鎮めるなどの意味があります。
なお、弔辞、弔電などもこの時に読み上げ、生前を偲びます。最後に、会葬者が一人一人玉串拝礼をして、故人に別れを告げます。

火葬祭
火葬に付す際のおまつりです。
帰家祭
葬儀が滞りなく終了したことを霊前に奉告するおまつりです。ここまでの儀式を神葬祭と言い、初穂料の目安は三十万円となっており、以後の一年祭などの目安は五万円とさせていただいております。
葬儀の知識
1、末期の水 医師により臨終が宣言されると、故人の瞼をそっとなで下ろして目を閉じさせ、最後の水をふくませてあげます。
水は生命を保つ上で最も大切なものであることから、今一度目をあけてほしいという願いを込めて、故人と縁の深い者から順に行います。
2、葬儀の前に近親者の手で、湯灌(体を洗い清める儀式)をして遺体を整え新衣を着せ、男性は髭を剃り、女性は薄化粧を施して遺体を安置する殯室に移します。
殯室では遺体を北枕にし、白布で顔を覆い、枕もとに屏風を立て、守り刀を置きます。
枕直しの儀
北枕
遺体を北枕にするのは、まだ御霊が宿っている遺体を貴いものとして、遺族より上位の座位(視線が南を向くように)に安置するからです。
屏風
遺体の傍らに立てられる屏風には、殯室の威儀を整える意味と、一定期間故人の御霊を守護する意味とがあります。 また地方によっては、この屏風を逆さに立てるところもあります。
守り刀
枕下、または胸元に置く刀には、魔よけの意味に加えて、医療用具でもある刃物の力で遺体が傷むのを防ぐ意味があります。
3、神葬祭の包み 白黒の水引を選び、表書き「玉串料」あるいは「御霊前」と書きます。市販のものには蓮の絵がついた仏式用が多いようですが、そうでないものを選びましょう。
包みの裏のたたみ方は、弔事では上の折り返しを上にして目を伏せた悲しみの状態を表します。 年祭に参列する場合の包みも、「玉串料」と書きます。

4、神葬祭に参列した場合のお参りは忍手で神前と同様に二拝二拍手一拝でお参りすることに変わりありませんが、神葬祭での拝礼は、亡くなられた方を偲び慎む心を表すといった意味から、音を立てずに拍手をします。これを忍手と言います。
また、忍手でお参りする期間は、地方によって違いがあるようですが、この頃は、五十日祭が終わるまでは忍手でお参りするところが多いようです。

5、参拝と神棚のおまつり 同居人が亡くなった場合には、喪に服し、故人のおまつり(忌)に専念し、神棚に半紙を貼り、神社参拝や毎日のおまつりは控えます。その期間は地方によって違いがありますが、五十日祭後の清祓を区切りとすることが多いようです。
年末年始、あるいはお宮参りや七五三等の人生儀礼と不幸が重なった場合には、清祓の後あらためて神社にお参りし、お神札を受けます。尚、親戚の方が亡くなられた場合は、お葬式を出したお家でなければ、通常のおまつりをして構いません。
また、どうしてもお祝い事や祭事の参加をしなくてはならない場合は、神社で清祓いをお受け下さい。
6、年祭、お正月、お盆、お彼岸は祖霊とその子孫である家族が家に集まる時です。季節の物などをお供えして祖霊をもてなし、それぞれの近況などを奉告します。
亡くなった人を、おまつりします
御霊まつり(みたままつり)
御霊まつりは、葬儀が終わった次の日から行う、故人の御霊を慰め鎮めるおまつりです。家族の手によって、仮御霊舎にお供え物をし、拝礼を毎日欠かさず行います。
葬儀がすべて滞りなく終了したことを奉告する翌日祭から十日祭、二十日祭、三十日祭、四十日祭、なかでも、五十日祭は、神職を呼び祭詞を奏上していただき、丁寧に行いましょう。一般的には五十日祭をもって忌明け(葬儀に関わる諸儀の終了)とされ、神職に清祓をしていただき、それまで遠慮してきた神棚のおまつりを再開します。
五十日祭(地方によっては百日祭または一年祭)が終わった後、故人の御霊を祖先の霊と同様におまつりするために仮御霊舎から御霊舎に遷す合祀祭を行います。故人の霊璽を御?(おとく)という白木造りの箱に納め、御霊舎に遷して家の祖霊としておまつりします。そしてこの後に墓前にて納骨祭を行います。
五十日祭・合祀祭・納骨祭を含めて初穂料の目安は五万円とさせていただいております。
以後、百日祭、一年祭と続き、年祭には毎年の命日に行われる正辰祭と、三年、五年、十年、二十年、三十年、四十年、五十年の命日に行われる式年祭とがあり、故人の御霊を慰め、子孫繁栄を祈ります。 御?の中から命日にあたる祖先の霊璽を取り出し、毎日のお供え物の他に、お酒や野菜、果物をはじめ、故人の好物などもお供えします。
正辰祭は家族や近親者などを、また式年祭には故人と親しかった方なども招いて行います。子孫の手厚いおまつりが続けられ五十年(地方によっては三十年)がたち、故人のことを知らない世代が遺族の代表となると、それを一つの節目として、「まつりあげ」を行い、以後は個人としてのおまつりは行わず、歴代の祖先とともにおまつりします。
御霊舎のまつり
祖先のまつりは、神棚とは別に御霊舎で行います。これは仏式でいう仏壇にあたるもので、祖先の霊が鎮まる霊璽を納めるところです。御霊舎には御?をすえ、霊璽を納めます。
御霊舎は、神棚とは別の場所に設けますが、間取りなどの関係で、神棚の下や隣に設けることもあります。御霊舎を神棚の下に設ける場合は、神棚を大人が見上げる位の高さに、御霊舎は上半身の高さに設けます。
また、神棚の隣に設ける場合は、御霊舎の位置をやや低くするか、それができない場合は、神棚との座位を考えて並べます。御霊舎をおまつりする場合には、近くの神社にお願いしてお祓いをしていただきましょう。
御霊舎に必要な祭器具等については、お近くの神社へお尋ね下さい。また、神具店でも求めることができます。
霊璽
霊璽とは仏式の位牌にあたるもので、御霊代とも言われます。その形状は、木主(もくしゅ)、笏(しゃく)、鏡、幣串(へいぐし)などがありますが、故人の遺志によっては、遺品などをあてる場合もあります。

霊璽の表面には霊号が、裏面には「何年何月何日帰幽享年何歳」などが墨書され、合祀祭までの間、仮御霊舎に安置されます。神葬祭には、仏式の戒名にあたるものがありません。故人につける霊号は、もともとは、その徳をたたえる称名(たたえな)としての意味もありましたが、今日では生前の身分に関係なく、名前の下に「命(みこと)」、男は「大人(うし)」「彦(ひこ)」、女は「刀(とじ)」「姫(ひめ)」等をつけることが一般的です。
また、並べ方については、御霊舎の中に父母、祖父母、曽祖父母(もしくは高祖父母)までを並べてまつり、古くなった順で御櫝に納め、年祭の時に取り出すようにします。
なお、御霊舎が狭い場合には、片木型の霊璽を御櫝に重ねておまつりします。御霊舎は祖先のおまつりを行う場所です。祖先の神座にあたるもので、宮中の御厨子所(みずしどころ)の御棚(みたな)を起源としています。
御霊まつりの周期
- 五十日祭
- 百日祭
- 一年祭
- 三年祭
- 五年祭
- 十年祭
- 二十年祭
- 三十年祭
- 四十年祭
- 五十年祭
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